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適度に適当に。

生きててよかった、そんな夜を探してる。

赤いランドセル

断捨離

寒いですね。今日は九州でも雪が舞っています。暖かかった今年の冬ですが、ようやく冬らしい寒さになったなあ、と感じます。先日断捨離をして、ベッドの下に置いてた衣装ケースを処分したのですが、そのおかげで窓からの冷気が荷物で遮られることなく入りこんできて、部屋が寒くなりました(笑)まさかの弊害です。

 

今回の断捨離では、ずっと捨てれなかった小学生のとき使用していたランドセルを捨てました。中学高校の通学バッグは卒業と同時に即廃棄したのに、なぜ小学生のときのランドセルだけは捨てれなかったのか。

私は幼稚園~小学校までを長崎県で過ごしました。卒業してから福岡県に引っ越したので、中学以降はずっと福岡です。小学校時代は本当に楽しくて楽しくて、楽しい思い出しか残っていません。引っ越すことが本当に嫌で、まだ携帯など小中学生には普及してなかったので、連絡を取る手段は手紙のみ。文通が流行ってたということもあって、仲の良かった友達とはずっと文通をしていました。地元の中学校はふたつの小学校の卒業生が集まる学校なので、友達が最初からいない私は必然的にひとりぼっち。加えて方言も全く違うので、「お前話し方変だな」と言われる毎日で、入学して一か月は「帰りたい」という思いしかなく、ひたすらずっと手紙を書いていました。そんなこともあってか、小学生時代の思い出がどんどん自分の中で大きくなったんじゃないかな、と思います。(その後中学にはきちんと馴染めました笑)

その思いがたいへん強くて。ランドセルは小学生時代そのものを象徴する存在だったので手放せずにいました。ランドセルを加工して、小さなランドセルにするサービスにお願いしよう、と思い続けて14年。

今回の断捨離を開始して、久しぶりにランドセルとご対面~

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きったな!!!!!!!!!!

思い出の品、という割にはあまりにも保存状態が酷過ぎて愛の欠片も感じない。即行ごみ袋行き、となりました。あんなに捨てることができなかったのに、意外にもあっけなく捨てることができた。それはなぜだろう、とさっきお風呂入りながら考えていたんです。

今までの私がランドセルを通して思い出に縋ってたのは、もう小学生のときの友達と会うことができない、という思いがあったからなんです。連絡を取る術が無いし、連絡を取ったところで卒業以来会っていない私のことなんて誰も覚えてないんじゃないか、という思いがすごく強くて。

だけど、時代の進化ってすごいですね。SNS万歳。

Facebookを通して、数年前に小学生時代の友人から友達申請が来たんです。それから繋がる、瞬く間にどんどん繋がる、小学生時代の同級生と!!!苗字がインパクトがある、というのと、小学校4クラスあったのですが、とても仲が良かったというのもあって沢山の人が覚えててくれたことが分かって、しかも繋がることができた。6年生のときのクラスはめちゃくちゃ仲が良くて、LINEに6-3グループというのもできたんです。ほぼクラス全員が揃っていて、夏には担任の先生を呼んで同窓会もあって、もちろん長崎まで参加しに行きました。

繋がることができない、と思っていた人たちと、また繋がることができて、顔を合わせて喋ることもできた。(なんと14年振り!!)もう思い出は、アルバムと手紙だけで充分になったんです。だからあんなにもあっさり手放すことができた。モノより思い出。プライスレス。一種の執着に近かったような気もします。

さようなら、私のランドセル。

思い出してみれば、うちの学校は結構自由でランドセルじゃなくても登校して良かったので、4年・5年の間は使ってなかったんですよね(笑)

 

まだまだ文集とか、作品集とか、プロフィール帳(なつかしい!)とかプリクラ帳とか、手紙とか。思い出に浸って捨てれないものはたくさんあります。紙媒体のものはスキャンしてデータで保存しようかなあ。再生紙を使ってあるものなどは紙もだいぶ痛んでるし、虫が出たりもしてるし・・・。面倒だけどちまちまやっていきたいです。